才能を、仲間に

少し、考えてみてください。

「自分は、自分らしく生きているのか?」と。

今回、どうしても書きたかった事があって、それは「不正解で生きる準備」についてなのです。

2019年9月から情報発信を始めた僕は、これまでたくさんの事を、皆さんにお届けしてきました。

その上で、僕のような立場の人間がこれから伝えていかなければと考えているのが「正解の生き方を追うことが、正解じゃない」なのです。

ここでは「正解ばかりを追いすぎて無気力に陥らないように、今、自分の歩きたい道を見つけておく」ということ、そして、本格的に燃え尽きて、鬱状態にならない為の考えを書いていきたいと思います。

世の中は正解で溢れすぎた

稼ぐとか、フォロワーを増やすとか、出世するとか、そんな誰でも言えるような「大衆ウケ100%の目標」を掲げる事に満足し、同時に、自分の人生に妥協している事はないですか。もっともっと、心からやりたいこと。死んでも貫き通したい信念って、ないですか。

学歴社会、年金制度、終身雇用というこれまでの常識が崩壊した現在。多くの人が「稼ぐ力をつける事が正解」と言っています。

たしかに一理あると思うんですが、これは「良い大学に入って、良い会社に入りなさい」という常識が「稼ぐ力をつけて、自立して生きていきなさい」という言葉に変換されただけであり、結局のところは何も変わっていないのではないか。

例えば、稼ぐ為にプログラミングを学ぶ人が増えましたが、それは就職の為に、とりあえず大学にいくのと、何が違うんですか?

「大学」という正解が、「プログラミング」という正解にすり替えられただけ、ではないですか?

世の中の多くが、1日3食が正解だと言います。ですが、これは食品メーカーが儲かる為に植え付けた「正解」であり、別にあなたが1日1食で良いといえば、それでいいのです。

今、ニュースもそうですし、SNSもそうなのですが、世界の話題が一色になっています。イメージとしては、すべての言葉に

!!!!!!!!!!!

がついている、と言えばわかりやすいかな。

たしかに今流れている情報には、「人生において役立つもの」が多く存在します。でも、ほとんどの情報には「正解はコレだ!!!!!!!」と、まるで怒りの感情を表しているような、攻撃性の高いビックリマークがついている。そして、このビックリマークを浴び続けると、思考は偏りそれしか見えなくなっている人が多いと思います。

思考が偏れば偏るほど、あなたの心の何かが削られていきます。

もし可能だったら、自分だけでもいいですし、家族や友人、友達同士だけでもいいから「不正解でもやってみる」という目で、日々のニュースを見てほしい。

不正解といっても、すべてのニュースに揚げ足を取れとか、世の中の真逆に生きろ、とか言ってるわけではありません。

そうじゃなくて「自分」というフィルターを通して、「不正解でも、やってみたい」という、情報の取捨選択をすればいいという話です。

「不正解」で生きる自分

少し話は変わりますが、たとえば、ライターは今から始めても厳しいという意見が、最近多くなってきました。それでも、夢を目指す為に一般職には就職せず、一生懸命ライター活動を続け、日夜努力を続けている人がいます。

他にも、理学療法士をしながら、本職の勉強は全部投げ捨て独学でマーケティングを勉強し、少ない給料でやりくりしながら日夜努力を続け、去年12月に独立したケースもありました。

どちらも、今巷で流れている「SNSフォロワーを増やす」や「プログラミングを学ぶ」といった正解には目もくれず、自分が正解だと決めた道で努力し、花開いています。

「非常識を、正解にする」

が起きた人は、必ずと言っていいほど「自分の才能」で活動していたことが多かったのです。

才能と書くと「ギクッ」となる人が多いでしょう。

誰よりも才能に溢れていないといけないとか、自分より才能がある人がいるとか。

でも、別に才能は競争ではないです。毎日何十時間も才能を磨き続けないといけないものでもない。

そうじゃなくて、イメージとしては

「才能に、自分らしさをプラスする」

という考え方です。才能とは「自分らしさを発揮できる武器」という役目を担う事ができます。

「お祝いメッセージを書道で書く」とか、「今日の出来事を漫画で書く」とか、「本をまとめて図解にする」とか。

「才能に、自分らしさをプラスする」という感覚を持った時、人間は不思議と世の中の正解と自分の正解を区別できるようになり、情報の取捨選択も変わってくる。そして、何よりも「才能」とか「自分らしさ」という行動の強みは、恐ろしいほどスキルの向上速度が早くなっていくんです。これは苦手かもしれないという壁にブチ当たっても、「これを使えば解決できそう」という解決策をたくさん持つ事ができる。

最後に。

「止まない雨はない」とか「明日やろうはバカやろう」とか、そういう夢物語な言葉は、僕はあまり好きではありません。

でも、才能を活かす方法を考えて、自分だけにしかできない事を考えている時間、行動している時間って、世の中の正解に沿って生きている時間なんかよりも、よっぽど未来が明るく見えるんです。

「止まない雨はないとかじゃなくて、今降ってるこの雨がつらいって言ってんの」と言いたくなるようなクソみたいな状況でも、自分に才能さえあれば、その雨を止められる気がしてきます。

だから、この記事を読んであなたがもし、今のニュースやSNSによる正解に囚われ自信をなくしているのなら。雨が止まないのなら。「才能」という仲間を見つけてほしいです。

これをやりなさいという敷かれたレールを歩くのは、「ここを歩けば大丈夫」という安心感はあるけれど、才能を仲間にすると「自分にはこの武器がある」という自信が湧いてきます。

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